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+ <fileDesc>
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+ <titleStmt>
7
+ <title>走れメロス</title>
8
+ <author>太宰治</author>
9
+
10
+ </titleStmt>
11
+ <publicationStmt>
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+ <distributor>青空文庫</distributor>
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+ <authority>金川一之</authority>
14
+ <authority>高橋美奈子</authority>
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+ <date when="2011-01-17"> 2011年1月17日</date>
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+ <author>太宰治</author>
20
+ <title>走れメロス</title>
21
+ <publisher>筑摩書房</publisher>「太宰治全集3」ちくま文庫、 <date when="1988-10-25"
22
+ >1988(昭和63)年10月25日</date>初版発行 <date when="1998-06-15"
23
+ >1998(平成10)年6月15日</date>第2刷 </bibl>
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+ <item>
29
+ <date when="2011-01-17">2011年1月17日</date>修正 </item>
30
+ <item> 入力<persName>金川一之</persName> 校正<persName>高橋美奈子</persName>
31
+ <date when="2000-12-04"> 2000年12月4日</date>作成 </item>
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+ <text>
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+ <body>
37
+ <p>
38
+ <persName corresp="#メロス">メロス</persName>は激怒した。必ず、かの<persName corresp="#ディオニス"><ruby>
39
+ <rb>邪智暴虐</rb>
40
+ <rt>じゃちぼうぎゃく</rt>
41
+ </ruby> の王</persName>を除かなければならぬと決意した。<persName corresp="#メロス"
42
+ >メロス</persName>には政治がわからぬ。<persName corresp="#メロス"
43
+ >メロス</persName>は、村の牧人である。 笛を吹き、羊と遊んで暮して来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。</p>
44
+ <p> きょう未明<persName corresp="#メロス">メロス</persName>は村を出発し、野を越え山越え、十里はなれた <ruby>
45
+ <rb>此</rb>
46
+ <rt>こ</rt>
47
+ </ruby>の<placeName>シラクス</placeName>の市にやって来た。<persName corresp="#メロス"
48
+ >メロス</persName>には父も、母も無い。女房も無い。 十六の、内気な妹と二人暮しだ。この妹は、村の或る律気な一牧人を、近々、 <ruby>
49
+ <rb>花婿</rb>
50
+ <rt>はなむこ</rt>
51
+ </ruby>として迎える事になっていた。結婚式も間近かなのである。 <persName corresp="#メロス"
52
+ >メロス</persName>は、それゆえ、<persName corresp="#メロスの妹"
53
+ >花嫁</persName>の衣裳やら祝宴の御馳走やらを買いに、はるばる市にやって来たのだ。
54
+ 先ず、その品々を買い集め、それから都の大路をぶらぶら歩いた。</p>
55
+ <p>
56
+ <persName corresp="#メロス">メロス</persName>には竹馬の友があった。 <persName
57
+ corresp="#セリヌンティウス"
58
+ >セリヌンティウス</persName>である。今は此の<placeName>シラクス</placeName>の市で、
59
+ <roleName>石工</roleName>をしている。 その友を、これから訪ねてみるつもりなのだ。久しく逢わなかったのだから、
60
+ 訪ねて行くのが楽しみである。 </p>
61
+ <p> 歩いているうちに<persName corresp="#メロス">メロス</persName>は、まちの様子を怪しく思った。
62
+ ひっそりしている。もう既に日も落ちて、まちの暗いのは当りまえだが、けれども、
63
+ なんだか、夜のせいばかりでは無く、市全体が、やけに寂しい。のんきな<persName corresp="#メロス"
64
+ >メロス</persName>も、 だんだん不安になって来た。路で逢った若い衆をつかまえて、何かあったのか、
65
+ 二年まえに此の市に来たときは、夜でも皆が歌をうたって、まちは賑やかであった <ruby>
66
+ <rb>筈</rb>
67
+ <rt>はず</rt>
68
+ </ruby>だが、と質問した。若い衆は、首を振って答えなかった。 しばらく歩いて<persName corresp="#老爺"><ruby>
69
+ <rb>老爺</rb>
70
+ <rt>ろうや</rt>
71
+ </ruby></persName>に逢い、 こんどはもっと、語勢を強くして質問した。<persName corresp="#老爺"
72
+ >老爺</persName>は答えなかった。 <persName corresp="#メロス"
73
+ >メロス</persName>は両手で老爺のからだをゆすぶって質問を重ねた。<persName corresp="#老爺"
74
+ >老爺</persName>は、 あたりをはばかる低声で、わずか答えた。 <said who="#老爺">「<persName
75
+ corresp="#ディオニス">王</persName>様は、人を殺します。」</said>
76
+ <said who="#メロス"> 「なぜ殺すのだ。」</said>
77
+ <said who="#老爺">「悪心を抱いている、というのですが、誰もそんな、悪心を持っては居りませぬ。」</said>
78
+ <said who="#メロス">「たくさんの人を殺したのか。」</said>
79
+ <said who="#老爺">「はい、はじめは<persName corresp="#ディオニス">王様</persName>の<persName
80
+ corresp="#ディオニスの妹婿">妹婿さま</persName> を。それから、<persName
81
+ corresp="#ディオニス">御自身</persName>の<persName corresp="#ディオニスの世嗣"><ruby>
82
+ <rb>お世嗣</rb>
83
+ <rt>よつぎ</rt>
84
+ </ruby></persName>を。 それから、<persName corresp="#ディオニスの妹"
85
+ >妹さま</persName>を。それから、<persName corresp="#ディオニスの妹"
86
+ >妹さま</persName>の <persName corresp="#ディオニスの妹の御子"
87
+ >御子さま</persName>を。それから、<persName corresp="#皇后">皇后さま</persName>を。
88
+ それから、<roleName>賢臣</roleName>の<persName corresp="#アレキス"
89
+ >アレキス様</persName>を。」</said>
90
+ <said who="#メロス">「おどろいた。<persName corresp="#ディオニス"
91
+ >国王</persName>は乱心か。」</said>
92
+ <said who="#老爺">「いいえ、乱心ではございませぬ。人を、信ずる事が出来ぬ、 というのです。このごろは、臣下の心をも、お疑いになり、
93
+ 少しく派手な暮しをしている者には、人質ひとりずつ差し出すことを命じて居ります。
94
+ 御命令を拒めば十字架にかけられて、殺されます。きょうは、六人殺されました。」</said> 聞いて、<persName
95
+ corresp="#メロス">メロス</persName>は激怒した。 <said who="メロス">「<ruby>
96
+ <rb>呆</rb>
97
+ <rt>あき</rt>
98
+ </ruby>れた<persName corresp="#ディオニス">王</persName>だ。生かして置けぬ。」</said>
99
+ </p>
100
+ <p>
101
+ <persName corresp="#メロス">メロス</persName>は、 単純な男であった。買い物を、背負ったままで、
102
+ のそのそ<placeName>王城</placeName>にはいって行った。たちまち彼は、 <ruby>
103
+ <rb>巡邏</rb>
104
+ <rt>じゅんら</rt>
105
+ </ruby>の<roleName>警吏</roleName>に捕縛された。調べられて、<persName corresp="#メロス"
106
+ >メロス</persName>の懐中からは 短剣が出て来たので、 騒ぎが大きくなってしまった。<persName
107
+ corresp="#メロス">メロス</persName>は、<persName corresp="#ディオニス"
108
+ >王</persName>の前に引き出された。 <said who="#ディオニス">「この短刀で何をするつもりであったか。言え!」</said>
109
+ 暴君<persName corresp="#ディオニス">ディオニス</persName>は静かに、 けれども威厳を<ruby>
110
+ <rb>以</rb>
111
+ <rt>もっ</rt>
112
+ </ruby>て問いつめた。 その<persName corresp="#ディオニス">王</persName>の顔は<ruby>
113
+ <rb>蒼白</rb>
114
+ <rt>そうはく</rt>
115
+ </ruby>で、<ruby>
116
+ <rb>眉間</rb>
117
+ <rt>みけん</rt>
118
+ </ruby>の<ruby>
119
+ <rb>皺</rb>
120
+ <rt>しわ</rt>
121
+ </ruby>は、刻み込まれたように深かった。 <said who="#メロス">「市を<persName corresp="#ディオニス"
122
+ >暴君</persName>の手から救うのだ。」</said>と<persName corresp="#メロス"
123
+ >メロス</persName>は悪びれずに答えた。 <said who="#ディオニス">「おまえがか?」</said><persName
124
+ corresp="#ディオニス">王</persName>は、 <ruby>
125
+ <rb>憫笑</rb>
126
+ <rt>びんしょう</rt>
127
+ </ruby>した。<said who="#ディオニス">「仕方の無いやつじゃ。おまえには、 わしの孤独がわからぬ。」</said>
128
+ <said who="#メロス">「言うな!」</said>と<persName corresp="#メロス">メロス</persName>は、いきり立って<ruby>
129
+ <rb>反駁</rb>
130
+ <rt>はんばく</rt>
131
+ </ruby>した。<said who="#メロス">「人の心を疑うのは、 最も恥ずべき悪徳だ。<persName corresp="#ディオニス"
132
+ >王</persName>は、民の忠誠をさえ疑って居られる。」</said>
133
+ <said> 「疑うのが、正当の心構えなのだと、<persName corresp="#ディオニス"
134
+ >わし</persName>に教えてくれたのは、おまえたちだ。人の心は、あてにならない。
135
+ 人間は、もともと私慾のかたまりさ。信じては、ならぬ。」</said><persName corresp="#ディオニス"
136
+ >暴君</persName>は落着いて<ruby>
137
+ <rb>呟</rb>
138
+ <rt>つぶや</rt>
139
+ </ruby>き、ほっと<ruby>
140
+ <rb>溜息</rb>
141
+ <rt>ためいき</rt>
142
+ </ruby>をついた。 <said who="#ディオニス">「<persName corresp="#ディオニス"
143
+ >わし</persName>だって、平和を望んでいるのだが。」</said>
144
+ <said who="#メロス">「なんの為の平和だ。自分の地位を守る為か。」</said>こんどは<persName corresp="#メロス"
145
+ >メロス</persName>が嘲笑した。 <said who="#メロス">「罪の無い人を殺して、何が平和だ。」 </said>
146
+ <said who="#ディオニス">「だまれ、<persName corresp="#メロス"><ruby>
147
+ <rb>下賤</rb>
148
+ <rt>げせん</rt>
149
+ </ruby>の者</persName>。」 </said><persName corresp="#ディオニス"
150
+ >王</persName>は、さっと顔を挙げて報いた。<said who="#ディオニス"
151
+ >「口では、どんな清らかな事でも言える。<persName corresp="#ディオニス"
152
+ >わし</persName>には、人の腹綿の奥底が見え透いてならぬ。 おまえだって、いまに、<ruby>
153
+ <rb>磔</rb>
154
+ <rt>はりつけ</rt>
155
+ </ruby>になってから、泣いて<ruby>
156
+ <rb>詫</rb>
157
+ <rt>わ</rt>
158
+ </ruby>びたって聞かぬぞ。」</said>
159
+ <said who="#メロス">「ああ、<persName corresp="#ディオニス">王</persName>は<ruby>
160
+ <rb>悧巧</rb>
161
+ <rt>りこう</rt>
162
+ </ruby>だ。 <ruby>
163
+ <rb>自惚</rb>
164
+ <rt>うぬぼ</rt>
165
+ </ruby>れているがよい。 <persName corresp="#メロス"
166
+ >私</persName>は、ちゃんと死ぬる覚悟で居るのに。命乞いなど決してしない。ただ、――」</said>と言いかけて、
167
+ <persName corresp="#メロス">メロス</persName>は足もとに視線を落し瞬時ためらい、 <said
168
+ who="#メロス">「ただ、<persName corresp="#メロス"
169
+ >私</persName>に情をかけたいつもりなら、処刑までに三日間の日限を与えて下さい。 たった一人の<persName
170
+ corresp="#メロスの妹">妹</persName>に、亭主を持たせてやりたいのです。三日のうちに、
171
+ 私は<placeName>村</placeName>で結婚式を挙げさせ、必ず、ここへ帰って来ます。」</said>
172
+ <said who="#ディオニス">「ばかな。」</said>と<persName corresp="#ディオニス">暴君</persName>は、<ruby>
173
+ <rb>嗄</rb>
174
+ <rt>しわが</rt>
175
+ </ruby>れた声で低く笑った。 <said who="#ディオニス">「とんでもない<ruby>
176
+ <rb>嘘</rb>
177
+ <rt>うそ</rt>
178
+ </ruby>を言うわい。 逃がした小鳥が帰って来るというのか。」</said>
179
+ <said who="#メロス">「そうです。帰って来るのです。」</said><persName corresp="#メロス"
180
+ >メロス</persName>は必死で言い張った。 <said who="#メロス">「<persName corresp="#メロス"
181
+ >私</persName>は約束を守ります。<persName corresp="#メロス"
182
+ >私</persName>を、三日間だけ許して下さい。<persName corresp="#メロスの妹"
183
+ >妹</persName>が、私の帰りを待っているのだ。 そんなに<persName corresp="#メロス"
184
+ >私</persName>を信じられないならば、よろしい、この市に<persName corresp="#セリヌンティウス"
185
+ >セリヌンティウス</persName>
186
+ という<roleName>石工</roleName>がいます。私の無二の<persName
187
+ corresp="#セリヌンティウス">友人</persName>だ。あれを、人質としてここに置いて行こう。
188
+ 私が逃げてしまって、三日目の日暮まで、ここに帰って来なかったら、あの<persName corresp="#セリヌンティウス"
189
+ >友人</persName>を絞め殺して下さい。 たのむ、そうして下さい。」</said> それを聞いて<persName
190
+ corresp="#ディオニス">王</persName>は、残虐な気持で、そっと<ruby>
191
+ <rb>北叟笑</rb>
192
+ <rt>ほくそえ</rt>
193
+ </ruby>んだ。 生意気なことを言うわい。どうせ帰って来ないにきまっている。この<persName corresp="#メロス"
194
+ >嘘つき</persName>に<ruby>
195
+ <rb>騙</rb>
196
+ <rt>だま</rt>
197
+ </ruby>された振りして、 放してやるのも面白い。そうして<persName corresp="#セリヌンティウス"
198
+ >身代りの男</persName>を、三日目に殺してやるのも気味がいい。人は、 これだから信じられぬと、<persName
199
+ corresp="#ディオニス">わし</persName>は悲しい顔して、その<persName corresp="#セリヌンティウス"
200
+ >身代りの男</persName>を磔刑に処してやるのだ。世の中の、 正直者とかいう<ruby>
201
+ <rb>奴輩</rb>
202
+ <rt>やつばら</rt>
203
+ </ruby>にうんと見せつけてやりたいものさ。 <said who="#ディオニス">「願いを、聞いた。その<persName
204
+ corresp="#セリヌンティウス"
205
+ >身代り</persName>を呼ぶがよい。三日目には日没までに帰って来い。おくれたら、その<persName
206
+ corresp="#セリヌンティウス">身代り</persName>を、
207
+ きっと殺すぞ。ちょっとおくれて来るがいい。<persName corresp="#メロス"
208
+ >おまえ</persName>の罪は、永遠にゆるしてやろうぞ。」</said> 「なに、何をおっしゃる。」 <said
209
+ who="#ディオニス">「はは。いのちが大事だったら、おくれて来い。おまえの心は、わかっているぞ。」</said>
210
+ <persName corresp="#メロス">メロス</persName>は口惜しく、<ruby>
211
+ <rb>地団駄</rb>
212
+ <rt>じだんだ</rt>
213
+ </ruby>踏んだ。ものも言いたくなくなった。 </p>
214
+ <p> 竹馬の友、<persName corresp="#セリヌンティウス"
215
+ >セリヌンティウス</persName>は、深夜、<placeName>王城</placeName>に召された。 <persName
216
+ corresp="#ディオニス">暴君ディオニス</persName>の面前で、<persName
217
+ corresp="#セリヌンティウス #メロス"><ruby>
218
+ <rb>佳</rb>
219
+ <rt>よ</rt>
220
+ </ruby>き友と佳き友</persName>は、二年ぶりで相逢うた。<persName corresp="#メロス"
221
+ >メロス</persName>は、<persName corresp="#セリヌンティウス">友</persName>に
222
+ 一切の事情を語った。<persName corresp="#セリヌンティウス">セリヌンティウス</persName> は無言で<ruby>
223
+ <rb>首肯</rb>
224
+ <rt>うなず</rt>
225
+ </ruby>き、 <persName corresp="#メロス">メロス</persName>をひしと抱きしめた。<persName
226
+ corresp="#セリヌンティウス #メロス">友と友</persName>の間は、それでよかった。<persName
227
+ corresp="#セリヌンティウス">セリヌンティウス</persName>は、 縄打たれた。<persName
228
+ corresp="#メロス">メロス</persName>は、すぐに出発した。初夏、満天の星である。</p>
229
+ <p>
230
+ <persName corresp="#メロス"
231
+ >メロス</persName>はその夜、一睡もせず十里の路を急ぎに急いで、<placeName>村</placeName>へ到着したのは、 <ruby>
232
+ <rb>翌</rb>
233
+ <rt>あく</rt>
234
+ </ruby>る日の午前、 陽は既に高く昇って、村人たちは野に出て仕事をはじめていた。<persName corresp="#メロス"
235
+ >メロス</persName>の<persName corresp="#メロスの妹">十六の妹</persName>も、
236
+ きょうは<persName corresp="#メロス"
237
+ >兄</persName>の代りに<roleName>羊群の番</roleName>をしていた。よろめいて歩いて来る<persName
238
+ corresp="#メロス">兄</persName>の、 疲労<ruby>
239
+ <rb>困憊</rb>
240
+ <rt>こんぱい</rt>
241
+ </ruby>の姿を見つけて驚いた。そうして、 うるさく<persName corresp="#メロス">兄</persName>に質問を浴びせた。
242
+ <said who="#メロス">「なんでも無い。」</said><persName corresp="#メロス"
243
+ >メロス</persName>は無理に笑おうと努めた。 <said who="#メロス"
244
+ >「<placeName>市</placeName>に用事を残して来た。またすぐ<placeName>市</placeName>に行かなければならぬ。
245
+ あす、 <persName corresp="#メロスの妹"
246
+ >おまえ</persName>の結婚式を挙げる。早いほうがよかろう。」</said>
247
+ <persName corresp="#メロスの妹">妹</persName>は頬をあからめた。 <said who="#メロス">「うれしいか。<ruby>
248
+ <rb>綺麗</rb>
249
+ <rt>きれい</rt>
250
+ </ruby>な衣裳も買って来た。さあ、これから行って、村の人たちに知らせて来い。結婚式は、あすだと。」</said>
251
+ <persName corresp="#メロス"
252
+ >メロス</persName>は、また、よろよろと歩き出し、<placeName>家</placeName>へ帰って神々の祭壇を飾り、祝宴の席を調え、
253
+ 間もなく床に倒れ伏し、呼吸もせぬくらいの深い眠りに落ちてしまった。 眼が覚めたのは夜だった。<persName corresp="#メロス"
254
+ >メロス</persName>は起きてすぐ、<persName corresp="#メロスの妹の婿"
255
+ >花婿</persName>の家を訪れた。そうして、 少し事情があるから、結婚式を明日にしてくれ、と頼んだ。<persName
256
+ corresp="#メロスの妹の婿">婿の <roleName>牧人</roleName></persName>は驚き、 それはいけない、こちらには未だ何の仕度も出来ていない、<ruby>
257
+ <rb>葡萄</rb>
258
+ <rt>ぶどう</rt>
259
+ </ruby>の季節まで待ってくれ、 と答えた。<persName corresp="#メロス"
260
+ >メロス</persName>は、待つことは出来ぬ、どうか明日にしてくれ給え、と更に押してたのんだ。 <persName
261
+ corresp="#メロスの妹の婿"
262
+ >婿の<roleName>牧人</roleName></persName>も頑強であった。なかなか承諾してくれない。夜明けまで議論をつづけて、やっと、
263
+ どうにか婿をなだめ、すかして、説き伏せた。</p>
264
+ <p>結婚式は、真昼に行われた。 <persName corresp="#メロスの妹の婿">新郎</persName><persName
265
+ corresp="#メロスの妹">新婦</persName>の、
266
+ 神々への宣誓が済んだころ、黒雲が空を覆い、ぽつりぽつり雨が降り出し、やがて車軸を流すような
267
+ 大雨となった。祝宴に列席していた村人たちは、何か不吉なものを感じたが、それでも、
268
+ めいめい気持を引きたて、狭い<placeName>家</placeName>の中で、むんむん蒸し暑いのも<ruby>
269
+ <rb>怺</rb>
270
+ <rt>こら</rt>
271
+ </ruby>え、陽気に歌をうたい、 手を<ruby>
272
+ <rb>拍</rb>
273
+ <rt>う</rt>
274
+ </ruby>った。<persName corresp="#メロス">メロス</persName>も、満面に喜色を<ruby>
275
+ <rb>湛</rb>
276
+ <rt>たた</rt>
277
+ </ruby>え、しばらくは、 <persName corresp="#ディオニス"
278
+ >王</persName>とのあの約束をさえ忘れていた。祝宴は、夜に入っていよいよ乱れ華やかになり、人々は、
279
+ 外の豪雨を全く気にしなくなった。<persName corresp="#メロス"
280
+ >メロス</persName>は、一生このままここにいたい、と思った。
281
+ この佳い人たちと生涯暮して行きたいと願ったが、いまは、自分のからだで、自分のものでは無い。 ままならぬ事である。<persName
282
+ corresp="#メロス">メロス</persName>は、わが身に鞭打ち、ついに出発を決意した。あすの日没までには、
283
+ まだ十分の時が在る。ちょっと一眠りして、それからすぐに出発しよう、と考えた。その頃には、
284
+ 雨も小降りになっていよう。少しでも永くこの家に愚図愚図とどまっていたかった。<persName corresp="#メロス">メロス
285
+ ほどの男</persName>にも、やはり未練の情というものは在る。今宵呆然、歓喜に酔っているらしい<persName
286
+ corresp="#メロスの妹">花嫁</persName>に近寄り、 <said who="#メロス">「おめでとう。<persName
287
+ corresp="#メロス">私</persName>は疲れてしまったから、ちょっとご免こうむって眠りたい。眼が覚めたら、
288
+ すぐに<placeName>市</placeName>に出かける。 大切な用事があるのだ。<persName
289
+ corresp="#メロス">私</persName>がいなくても、もう<persName corresp="#メロスの妹"
290
+ >おまえ</persName>には<persName corresp="#メロスの妹の婿"
291
+ >優しい亭主</persName>があるのだから、決して寂しい事は無い。 <persName corresp="#メロス"
292
+ >おまえの兄</persName>の、一ばんきらいなものは、人を疑う事と、それから、 嘘をつく事だ。<persName
293
+ corresp="#メロスの妹">おまえ</persName>も、それは、知っているね。<persName
294
+ corresp="#メロスの妹の婿">亭主</persName>との間に、どんな秘密でも作ってはならぬ。 <persName
295
+ corresp="#メロスの妹">おまえ</persName>に言いたいのは、それだけだ。<persName
296
+ corresp="#メロスの妹">おまえ</persName>の<persName corresp="#メロス"
297
+ >兄</persName>は、<persName corresp="#メロス"
298
+ >たぶん偉い男</persName>なのだから、<persName corresp="#メロスの妹"
299
+ >おまえ</persName>もその誇りを 持っていろ。」</said>
300
+ <persName corresp="#メロスの妹">花嫁</persName>は、夢見心地で<ruby>
301
+ <rb>首肯</rb>
302
+ <rt>うなず</rt>
303
+ </ruby>いた。 <persName corresp="#メロス">メロス</persName>は、それから<persName
304
+ corresp="#メロスの妹の婿">花婿</persName>の肩をたたいて、 <said who="#メロス"
305
+ >「仕度の無いのはお互さまさ。<persName corresp="#メロス"
306
+ >私</persName>の家にも、宝といっては、<persName corresp="#メロスの妹"
307
+ >妹</persName>と羊だけだ。他には、何も無い。 全部あげよう。もう一つ、<persName corresp="#メロス"
308
+ >メロス</persName>の<persName corresp="#メロスの妹の婿"
309
+ >弟</persName>になったことを誇ってくれ。」</said>
310
+ <persName corresp="#メロスの妹の婿">花婿</persName>は<ruby>
311
+ <rb>揉</rb>
312
+ <rt>も</rt>
313
+ </ruby>み手して、てれていた。<persName corresp="#メロス">メロス</persName>は笑って村人たちにも<ruby>
314
+ <rb> 会釈</rb>
315
+ <rt>えしゃく</rt>
316
+ </ruby> して、宴席から立ち去り、<placeName>羊小屋</placeName>にもぐり込んで、死んだように深く眠った。</p>
317
+ <p> 眼が覚めたのは翌る日の薄明の頃である。<persName corresp="#メロス"
318
+ >メロス</persName>は跳ね起き、南無三、寝過したか、いや、まだまだ大丈夫、
319
+ これからすぐに出発すれば、約束の刻限までには十分間に合う。きょうは是非とも、あの<persName corresp="#ディオニス"
320
+ >王</persName>に、人の信実の存する ところを見せてやろう。そうして笑って磔の台に上ってやる。<persName
321
+ corresp="#メロス">メロス</persName>は、悠々と身仕度をはじめた。雨も、
322
+ いくぶん小降りになっている様子である。身仕度は出来た。 </p>
323
+ <p>さて、<persName corresp="#メロス">メロス</persName>は、ぶるんと両腕を大きく振って、 雨中、矢の如く走り出た。
324
+ <persName corresp="#メロス">私</persName>は、今宵、殺される。殺される為に走るのだ。<persName
325
+ corresp="#セリヌンティウス">身代りの友</persName>を救う為に走るのだ。<persName
326
+ corresp="#ディオニス">王</persName>の <ruby>
327
+ <rb>奸佞</rb>
328
+ <rt>かんねい</rt>
329
+ </ruby> 邪智を打ち破る為に走るのだ。走らなければならぬ。そうして、<persName corresp="#メロス"
330
+ >私</persName>は殺される。若い時から名誉を守れ。 さらば、ふるさと。若い<persName corresp="#メロス"
331
+ >メロス</persName>は、つらかった。幾度か、立ちどまりそうになった。
332
+ えい、えいと大声挙げて自身を叱りながら走った。<placeName>村</placeName>を出て、<placeName>野</placeName>
333
+ を横切り、森をくぐり抜け、<placeName>隣村</placeName>に着いた頃には、 雨も<ruby>
334
+ <rb>止</rb>
335
+ <rt>や</rt>
336
+ </ruby>み 、日は高く昇って、そろそろ暑くなって来た。<persName corresp="#メロス">メロス</persName>は<ruby>
337
+ <rb>額</rb>
338
+ <rt>ひたい</rt>
339
+ </ruby>の汗をこぶしで払い、ここまで来れば大丈夫、
340
+ もはや故郷への未練は無い。妹たちは、きっと佳い夫婦になるだろう。私には、いま、なんの気がかりも無い筈だ。
341
+ まっすぐに<placeName>王城</placeName>に行き着けば、それでよいのだ。そんなに急ぐ必要も無い。 ゆっくり歩こう、と持ちまえの<ruby>
342
+ <rb>呑気</rb>
343
+ <rt>のんき</rt>
344
+ </ruby>さを取り返し、 好きな小歌をいい声で歌い出した。</p>
345
+ <p>ぶらぶら歩いて二里行き三里行き、 そろそろ全里程の半ばに到達した頃、降って<ruby>
346
+ <rb>湧</rb>
347
+ <rt>わ</rt>
348
+ </ruby>いた災難、 <persName corresp="#メロス"
349
+ >メロス</persName>の足は、はたと、とまった。見よ、前方の<placeName>川</placeName>を。
350
+ きのうの豪雨で<placeName>山の水源地</placeName>は<ruby>
351
+ <rb>氾濫</rb>
352
+ <rt>はんらん</rt>
353
+ </ruby>し、 濁流<ruby>
354
+ <rb>滔々</rb>
355
+ <rt>とうとう</rt>
356
+ </ruby>と下流に集り、猛勢一挙に<placeName>橋</placeName>を破壊し、どうどうと響きをあげる激流が、 <ruby>
357
+ <rb>木葉微塵</rb>
358
+ <rt>こっぱみじん</rt>
359
+ </ruby>に<ruby>
360
+ <rb>橋桁</rb>
361
+ <rt>はしげた</rt>
362
+ </ruby>を跳ね飛ばしていた。<persName corresp="#メロス"
363
+ >彼</persName>は茫然と、立ちすくんだ。あちこちと眺めまわし、 また、声を限りに呼びたててみたが、<ruby>
364
+ <rb>繋舟</rb>
365
+ <rt>けいしゅう</rt>
366
+ </ruby>は残らず浪に<ruby>
367
+ <rb>浚</rb>
368
+ <rt>さら</rt>
369
+ </ruby>われて影なく、渡守りの姿も見えない。流れはいよいよ、ふくれ上り、 海のようになっている。<persName corresp="#メロス"
370
+ >メロス</persName>は川岸にうずくまり、 男泣きに泣きながら<persName corresp="#ゼウス"
371
+ >ゼウス</persName>に手を挙げて哀願した。 <said who="#メロス">「ああ、<ruby>
372
+ <rb>鎮</rb>
373
+ <rt>しず</rt>
374
+ </ruby>めたまえ、荒れ狂う流れを! 時は刻々に過ぎて行きます。太陽も既に真昼時です。あれが沈んでしまわぬうちに、
375
+ <placeName>王城</placeName>に行き着くことが出来 なかったら、あの<persName
376
+ corresp="#セリヌンティウス">佳い友達</persName>が、私のために死ぬのです。」</said>
377
+ 濁流は、<persName corresp="#メロス"
378
+ >メロス</persName>の叫びをせせら笑う如く、ますます激しく躍り狂う。浪は浪を呑み、捲き、 <ruby>
379
+ <rb>煽</rb>
380
+ <rt>あお</rt>
381
+ </ruby> り立て、そうして時は、刻一刻と消えて行く。今は<persName corresp="#メロス"
382
+ >メロス</persName>も覚悟した。泳ぎ切るより他に無い。ああ、神々も照覧あれ!
383
+ 濁流にも負けぬ愛と誠の偉大な力を、いまこそ発揮して見せる。<persName corresp="#メロス"
384
+ >メロス</persName>は、ざんぶと流れに飛び込み、 百匹の大蛇のようにのた打ち荒れ狂う浪を相手に、必死の闘争を開始した。満身の力を腕にこめて、 押し寄せ渦巻き引きずる流れを、なんのこれしきと<ruby>
385
+ <rb>掻</rb>
386
+ <rt>か</rt>
387
+ </ruby>きわけ掻きわけ、 めくらめっぽう獅子奮迅の人の子の姿には、神も哀れと思ったか、ついに<ruby>
388
+ <rb>憐愍</rb>
389
+ <rt>れんびん</rt>
390
+ </ruby>を垂れてくれた。押し流されつつも、 見事、対岸の樹木の幹に、すがりつく事が出来たのである。ありがたい。<persName
391
+ corresp="#メロス">メロス</persName>は馬のように大きな胴震いを一つして、
392
+ すぐにまた先きを急いだ。一刻といえども、むだには出来ない。陽は既に西に傾きかけている。 </p>
393
+ <p>ぜいぜい荒い呼吸をしながら峠をのぼり、のぼり切って、ほっとした時、突然、目の前に一隊の<roleName>山賊</roleName>が躍り出た。
394
+ <said>「待て。」</said>
395
+ <said who="#メロス">「何をするのだ。私は陽の沈まぬうちに王城へ行かなければならぬ。放せ。」</said>
396
+ 「どっこい放さぬ。持ちもの全部を置いて行け。」 <said who="#メロス">「<persName corresp="#メロス"
397
+ >私</persName>にはいのちの他には何も無い。その、たった一つの命も、これから<persName
398
+ corresp="#ディオニス">王</persName>にくれてやるのだ。」 </said> 「その、いのちが欲しいのだ。」
399
+ <said who="#メロス">「さては、<persName corresp="#ディオニス"
400
+ >王</persName>の命令で、ここで<persName corresp="#メロス"
401
+ >私</persName>を待ち伏せしていたのだな。」</said>
402
+ <roleName>山賊</roleName>たちは、ものも言わず一斉に<ruby>
403
+ <rb>棍棒</rb>
404
+ <rt>こんぼう</rt>
405
+ </ruby>を振り挙げた。 <persName corresp="#メロス"
406
+ >メロス</persName>はひょいと、からだを折り曲げ、飛鳥の如く身近かの一人に襲いかかり、 その棍棒を奪い取って、 <said
407
+ who="#メロス">「気の毒だが正義のためだ!」</said>と猛然一撃、たちまち、三人を殴り倒し、 残る者のひるむ<ruby>
408
+ <rb>隙</rb>
409
+ <rt>すき</rt>
410
+ </ruby>に、 さっさと走って峠を下った。</p>
411
+ <p>一気に峠を駈け降りたが、<ruby>
412
+ <rb>流石</rb>
413
+ <rt>さすが</rt>
414
+ </ruby>に疲労し、 折から午後の<ruby>
415
+ <rb>灼熱</rb>
416
+ <rt>しゃくねつ</rt>
417
+ </ruby>の太陽がまともに、かっと照って来て、<persName corresp="#メロス">メロス</persName>は幾度となく<ruby>
418
+ <rb>眩暈</rb>
419
+ <rt>めまい</rt>
420
+ </ruby>を感じ、これではならぬ、と気を取り直しては、
421
+ よろよろ二、三歩あるいて、ついに、がくりと膝を折った。立ち上る事が出来ぬのだ。天を仰いで、くやし泣きに泣き出した。
422
+ ああ、あ、濁流を泳ぎ切り、<roleName>山賊</roleName>を三人も撃ち倒し<ruby>
423
+ <rb>韋駄天</rb>
424
+ <rt>いだてん</rt>
425
+ </ruby>、ここまで突破して来た<persName corresp="#メロス">メロス</persName>よ。 <persName
426
+ corresp="#メロス">真の勇者、メロス</persName>よ。今、ここで、疲れ切って動けなくなるとは情無い。<persName
427
+ corresp="#セリヌンティウス">愛する友</persName>は、<persName corresp="#メロス"
428
+ >おまえ</persName>を信じたばかりに、 やがて殺されなければならぬ。<persName corresp="#メロス"
429
+ >おまえ</persName>は、<ruby>
430
+ <rb>稀代</rb>
431
+ <rt>きたい</rt>
432
+ </ruby>の不信の人間、 まさしく<persName corresp="#ディオニス">王</persName>の思う<ruby>
433
+ <rb>壺</rb>
434
+ <rt>つぼ</rt>
435
+ </ruby>だぞ、と<persName corresp="#メロス">自分</persName>を叱ってみるのだが、全身<ruby>
436
+ <rb>萎</rb>
437
+ <rt>な</rt>
438
+ </ruby>えて、もはや <ruby>
439
+ <rb>芋虫</rb>
440
+ <rt>いもむし</rt>
441
+ </ruby>ほどにも前進かなわぬ。路傍の草原にごろりと寝ころがった。身体疲労すれば、 精神も共にやられる。もう、どうでもいいという、勇者に不似合いな<ruby>
442
+ <rb>不貞腐</rb>
443
+ <rt>ふてくさ</rt>
444
+ </ruby>れた根性が、心の隅に巣喰った。 <persName corresp="#メロス"
445
+ >私</persName>は、これほど努力したのだ。約束を破る心は、みじんも無かった。神も照覧、<persName
446
+ corresp="#メロス">私</persName>は精一ぱいに努めて来たのだ。 動けなくなるまで走って来たのだ。<persName
447
+ corresp="#メロス">私</persName>は不信の徒では無い。ああ、できる事なら<persName corresp="#メロス"
448
+ >私</persName>の胸を<ruby>
449
+ <rb>截</rb>
450
+ <rt>た</rt>
451
+ </ruby>ち割って、真紅の心臓をお目に掛けたい。 愛と信実の血液だけで動いているこの心臓を見せてやりたい。けれども<persName
452
+ corresp="#メロス">私</persName>は、この大事な時に、精も根も尽きたのだ。 私は、<persName
453
+ corresp="#メロス">よくよく不幸な男</persName>だ。<persName corresp="#メロス"
454
+ >私</persName>は、きっと笑われる。<persName corresp="#メロス">私</persName>の一家も笑われる。
455
+ <persName corresp="#メロス">私</persName>は<persName corresp="#セリヌンティウス"
456
+ >友</persName>を<ruby>
457
+ <rb>欺</rb>
458
+ <rt>あざむ</rt>
459
+ </ruby>いた。中途で倒れるのは、 はじめから何もしないのと同じ事だ。ああ、もう、どうでもいい。これが、<persName
460
+ corresp="#メロス">私</persName>の定った運命なのかも知れない。 <persName
461
+ corresp="#セリヌンティウス">セリヌンティウス</persName>よ、ゆるしてくれ。<persName
462
+ corresp="#セリヌンティウス">君</persName>は、いつでも<persName corresp="#メロス"
463
+ >私</persName> を信じた。<persName corresp="#メロス">私</persName>も<persName
464
+ corresp="#セリヌンティウス">君</persName>を、欺かなかった。<persName
465
+ corresp="#セリヌンティウス #メロス">私たち</persName>は、 本当に佳い<persName
466
+ corresp="#セリヌンティウス #メロス"
467
+ >友と友</persName>であったのだ。いちどだって、暗い疑惑の雲を、お互い胸に宿したことは無かった。いまだって、 <persName
468
+ corresp="#セリヌンティウス">君</persName>は <persName corresp="#メロス"
469
+ >私</persName>を無心に待っているだろう。ああ、待っているだろう。ありがとう、<persName
470
+ corresp="#セリヌンティウス">セリヌンティウス</persName>。よくも私を信じてくれた。
471
+ それを思えば、たまらない。<persName corresp="#セリヌンティウス #メロス"
472
+ >友と友</persName>の間の信実は、この世で一ばん誇るべき宝なのだからな。 <persName corresp="#セリヌンティウス"
473
+ >セリヌンティウス</persName>、 <persName corresp="#メロス">私</persName>は走ったのだ。
474
+ <persName corresp="#セリヌンティウス">君</persName>を欺くつもりは、みじんも無かった。信じてくれ!
475
+ <persName corresp="#メロス"
476
+ >私</persName>は急ぎに急いでここまで来たのだ。濁流を突破した。<roleName>山賊</roleName>の囲みからも、するりと抜けて一気に峠を駈け降りて来たのだ。
477
+ <persName corresp="#メロス">私</persName>だから、出来たのだよ。ああ、この上、<persName
478
+ corresp="#メロス">私</persName>に望み給うな。放って置いてくれ。どうでも、いいのだ。 <persName
479
+ corresp="#メロス">私</persName>は負けたのだ。 だらしが無い。笑ってくれ。<persName
480
+ corresp="#ディオニス">王</persName>は<persName corresp="#メロス"
481
+ >私</persName>に、ちょっとおくれて来い、と耳打ちした。おくれたら、 <persName corresp="#セリヌンティウス"
482
+ >身代り</persName>を殺して、 <persName corresp="#メロス"
483
+ >私</persName>を助けてくれると約束した。<persName corresp="#メロス"
484
+ >私</persName>は<persName corresp="#ディオニス"
485
+ >王</persName>の卑劣を憎んだ。けれども、今になってみると、 <persName corresp="#メロス"
486
+ >私</persName>は<persName corresp="#ディオニス">王</persName>の言うままになっている。
487
+ <persName corresp="#メロス">私</persName>は、おくれて行くだろう。<persName
488
+ corresp="#ディオニス">王</persName>は、ひとり合点して<persName corresp="#メロス"
489
+ >私</persName> を笑い、そうして事も無く<persName corresp="#メロス"
490
+ >私</persName>を放免するだろう。そうなったら、 <persName corresp="#メロス"
491
+ >私</persName>は、死ぬよりつらい。 <persName corresp="#メロス">私</persName>は、永遠に<persName
492
+ corresp="#メロス">裏切者</persName>だ。 <persName corresp="#メロス"
493
+ >地上で最も、不名誉の人種</persName>だ。<persName corresp="#セリヌンティウス"
494
+ >セリヌンティウス</persName>よ、 <persName corresp="#メロス"
495
+ >私</persName>も死ぬぞ。君と一緒に死なせてくれ。君だけは私を信じてくれるにちがい無い。いや、それも私の、ひとりよがりか?
496
+ ああ、もういっそ、<persName corresp="#メロス"
497
+ >悪徳者</persName>として生き伸びてやろうか。<placeName>村</placeName>には私の家が在る。
498
+ 羊も居る。<persName corresp="#メロスの妹 #メロスの妹の婿">妹夫婦</persName>は、 まさか<persName
499
+ corresp="#メロス"
500
+ >私</persName>を<placeName>村</placeName>から追い出すような事はしないだろう。正義だの、信実だの、愛だの、考えてみれば、
501
+ くだらない。人を殺して自分が生きる。それが人間世界の定法ではなかったか。ああ、何もかも、 ばかばかしい。<persName corresp="#メロス"
502
+ >私</persName>は、<persName corresp="#メロス">醜い裏切り者</persName>だ。どうとも、勝手にするがよい。やんぬる<ruby>
503
+ <rb>哉</rb>
504
+ <rt>かな</rt>
505
+ </ruby>。――四肢を投げ出して、 うとうと、まどろんでしまった。</p>
506
+ <p> ふと耳に、<ruby>
507
+ <rb>潺々</rb>
508
+ <rt>せんせん</rt>
509
+ </ruby>、水の流れる音が聞えた。そっと頭をもたげ、息を呑んで耳をすました。すぐ足もとで、 水が流れているらしい。よろよろ起き上って、見ると、岩の裂目から<ruby>
510
+ <rb>滾々</rb>
511
+ <rt>こんこん</rt>
512
+ </ruby>と、何か小さく<ruby>
513
+ <rb>囁</rb>
514
+ <rt>ささや</rt>
515
+ </ruby>きながら清水が湧き出ているのである。 その泉に吸い込まれるように<persName corresp="#メロス"
516
+ >メロス</persName>は身をかがめた。水を両手で<ruby>
517
+ <rb>掬</rb>
518
+ <rt>すく</rt>
519
+ </ruby>って、一くち飲んだ。ほうと長い溜息が出て、 夢から覚めたような気がした。歩ける。行こう。肉体の疲労<ruby>
520
+ <rb>恢復</rb>
521
+ <rt>かいふく</rt>
522
+ </ruby>と共に、わずかながら希望が生れた。 義務遂行の希望である。わが身を殺して、名誉を守る希望である。斜陽は赤い光を、樹々の葉に投じ、
523
+ 葉も枝も燃えるばかりに輝いている。日没までには、まだ間がある。私を、待っている人があるのだ。
524
+ 少しも疑わず、静かに期待してくれている人があるのだ。私は、信じられている。私の命なぞは、
525
+ 問題ではない。死んでお詫び、などと気のいい事は言って居られぬ。私は、信頼に報いなければならぬ。 いまはただその一事だ。走れ! <persName
526
+ corresp="#メロス">メロス</persName>。
527
+ 私は信頼されている。私は信頼されている。先刻の、あの悪魔の囁きは、あれは夢だ。悪い夢だ。忘れてしまえ。五臓が疲れているときは、
528
+ ふいとあんな悪い夢を見るものだ。<persName corresp="#メロス">メロス</persName>、おまえの恥ではない。
529
+ やはり、おまえは真の勇者だ。再び立って走れるようになったではないか。ありがたい! <persName corresp="#メロス"
530
+ >私</persName>は、<persName corresp="#メロス"
531
+ >正義の士</persName>として死ぬ事が出来るぞ。ああ、陽が沈む。ずんずん沈む。待ってくれ、<persName
532
+ corresp="#ゼウス">ゼウス</persName>よ。 <persName corresp="#メロス"
533
+ >私</persName>は生れた時から<persName corresp="#メロス"
534
+ >正直な男</persName>であった。<persName corresp="#メロス"
535
+ >正直な男</persName>のままにして死なせて下さい。</p>
536
+ <p> 路行く人を押しのけ、<ruby>
537
+ <rb>跳</rb>
538
+ <rt>は</rt>
539
+ </ruby>ねとばし、<persName corresp="#メロス">メロス</persName>は黒い風のように走った。野原で酒宴の、 その宴席のまっただ中を駈け抜け、酒宴の人たちを仰天させ、犬を<ruby>
540
+ <rb>蹴</rb>
541
+ <rt>け</rt>
542
+ </ruby>とばし、小川を飛び越え、少しずつ沈んでゆく太陽の、 十倍も早く走った。一団の旅人と<ruby>
543
+ <rb>颯</rb>
544
+ <rt>さ</rt>
545
+ </ruby>っとすれちがった瞬間、不吉な会話を小耳にはさんだ。<said>「いまごろは、<persName corresp="#セリヌンティウス"
546
+ >あの男</persName>も、 磔にかかっているよ。」</said> ああ、<persName
547
+ corresp="#セリヌンティウス">その男</persName>、<persName corresp="#セリヌンティウス"
548
+ >その男</persName>のために 私は、いまこんなに走っているのだ。<persName corresp="#セリヌンティウス"
549
+ >その男</persName>を死なせてはならない。急げ、<persName corresp="#メロス"
550
+ >メロス</persName>。おくれてはならぬ。 愛と誠の力を、いまこそ知らせてやるがよい。風態なんかは、どうでもいい。<persName
551
+ corresp="#メロス">メロス</persName>は、いまは、ほとんど全裸体であった。
552
+ 呼吸も出来ず、二度、三度、口から血が噴き出た。見える。はるか向うに小さく、<placeName>シラクス</placeName>の市の塔楼が見える。
553
+ 塔楼は、夕陽を受けてきらきら光っている。</p>
554
+ <p>
555
+ <said>「ああ、<persName corresp="#メロス">メロス</persName>様。」</said>うめくような声が、風と共に聞えた。
556
+ <said who="#メロス">「誰だ。」</said><persName corresp="#メロス"
557
+ >メロス</persName>は走りながら尋ねた。 <said>「<persName corresp="#フィロストラトス"
558
+ >フィロストラトス</persName>でございます。貴方のお友達 <persName corresp="#セリヌンティウス"
559
+ >セリヌンティウス</persName>様の弟子でございます。」</said>
560
+ その若い<roleName>石工</roleName>も、<persName corresp="#メロス"
561
+ >メロス</persName>の後について走りながら叫んだ。 <said>「もう、駄目でございます。むだでございます。走るのは、やめて下さい。もう、あの<ruby>
562
+ <rb>方</rb>
563
+ <rt>かた</rt>
564
+ </ruby>をお助けになることは出来ません。」</said>
565
+ <said who="#メロス">「いや、まだ陽は沈まぬ。」</said>
566
+ <said>「ちょうど今、あの方が死刑になるところです。ああ、あなたは遅かった。おうらみ申します。ほんの少し、もうちょっとでも、早かったなら!」</said>
567
+ <said who="#メロス">「いや、まだ陽は沈まぬ。」</said><persName corresp="#メロス"
568
+ >メロス</persName>は胸の張り裂ける思いで、赤く大きい夕陽ばかりを見つめていた。走るより他は無い。
569
+ <said>「やめて下さい。走るのは、やめて下さい。いまはご自分のお命が大事です。あの方は、あなたを信じて居りました。
570
+ 刑場に引き出されても、平気でいました。<persName corresp="#ディオニス"
571
+ >王様</persName>が、さんざんあの方をからかっても、<persName corresp="#メロス"
572
+ >メロス</persName> は来ます、とだけ答え、強い信念を持ちつづけている様子でございました。」</said>
573
+ <said who="#メロス">「それだから、走るのだ。信じられているから走るのだ。間に合う、間に合わぬは問題でないのだ。
574
+ 人の命も問題でないのだ。私は、なんだか、もっと恐ろしく大きいものの為に走っているのだ。ついて来い! <persName
575
+ corresp="#フィロストラトス">フィロストラトス</persName>。」</said>
576
+ <said who="#フィロストラトス">「ああ、あなたは気が狂ったか。それでは、うんと走るがいい。ひょっとしたら、
577
+ 間に合わぬものでもない。走るがいい。」</said> 言うにや及ぶ。まだ陽は沈まぬ。最後の死力を尽して、<persName
578
+ corresp="#メロス">メロス</persName> は走った。<persName corresp="#メロス"
579
+ >メロス</persName>の頭は、からっぽだ。何一つ考えていない。 ただ、わけのわからぬ大きな力にひきずられて走った。 </p>
580
+ <p>陽は、ゆらゆら地平線に没し、
581
+ まさに最後の一片の残光も、消えようとした時、メロスは疾風の如く<placeName>刑場</placeName>に突入した。間に合った。 <said
582
+ who="#メロス">「待て。その人を殺してはならぬ。<persName corresp="#メロス"
583
+ >メロス</persName>が帰って来た。
584
+ 約束のとおり、いま、帰って来た。」</said>と大声で刑場の群衆にむかって叫んだつもりであったが、 <ruby>
585
+ <rb>喉</rb>
586
+ <rt>のど</rt>
587
+ </ruby>がつぶれて<ruby>
588
+ <rb>嗄</rb>
589
+ <rt>しわが</rt>
590
+ </ruby>れた声が<ruby>
591
+ <rb>幽</rb>
592
+ <rt>かす</rt>
593
+ </ruby>かに出たばかり、群衆は、ひとりとして彼の到着に気がつかない。すでに磔の柱が高々と立てられ、 縄を打たれた<persName
594
+ corresp="#セリヌンティウス">セリヌンティウス</persName>は、徐々に釣り上げられてゆく。<persName
595
+ corresp="#メロス">メロス</persName>は それを目撃して最後の勇、先刻、濁流を泳いだように群衆を掻きわけ、掻きわけ、
596
+ <said who="#メロス">「私だ、<roleName>刑吏</roleName>! 殺されるのは、私だ。<persName
597
+ corresp="#メロス">メロス</persName>だ。彼を人質にした私は、ここにいる!」</said>
598
+ と、かすれた声で精一ぱいに叫びながら、ついに磔台に昇り、釣り上げられてゆく<persName corresp="#セリヌンティウス"
599
+ >友</persName>の両足に、 <ruby>
600
+ <rb>齧</rb>
601
+ <rt>かじ</rt>
602
+ </ruby>りついた。 群衆は、どよめいた。あっぱれ。ゆるせ、と口々にわめいた。<persName corresp="#セリヌンティウス"
603
+ >セリヌンティウス</persName>の縄は、ほどかれたのである。 <said who="#メロス">「<persName
604
+ corresp="#セリヌンティウス">セリヌンティウス</persName>。」</said><persName
605
+ corresp="#メロス">メロス</persName> は眼に涙を浮べて言った。<said who="#メロス"
606
+ >「私を殴れ。ちから一ぱいに頬を殴れ。 私は、途中で一度、悪い夢を見た。 君が<ruby>
607
+ <rb>若</rb>
608
+ <rt>も</rt>
609
+ </ruby>し 私を殴ってくれなかったら、私は君と抱擁する資格さえ無いのだ。殴れ。」</said>
610
+ <persName corresp="#セリヌンティウス">セリヌンティウス</persName>は、すべてを察した様子で<ruby>
611
+ <rb>首肯</rb>
612
+ <rt>うなず</rt>
613
+ </ruby>き、刑場一ぱいに鳴り響くほど音高く<persName corresp="#メロス">メロス</persName>の右頬を殴った。 殴ってから優しく<ruby>
614
+ <rb>微笑</rb>
615
+ <rt>ほほえ</rt>
616
+ </ruby>み、 <said who="#セリヌンティウス">「<persName corresp="#メロス"
617
+ >メロス</persName>、<persName corresp="#セリヌンティウス"
618
+ >私</persName>を殴れ。同じくらい音高く<persName corresp="#セリヌンティウス"
619
+ >私</persName>の頬を殴れ。私はこの三日の間、 たった一度だけ、ちらと<persName corresp="#メロス"
620
+ >君</persName>を疑った。生れて、はじめて<persName corresp="#メロス"
621
+ >君</persName>を疑った。<persName corresp="#メロス"
622
+ >君</persName>が<persName corresp="#セリヌンティウス"
623
+ >私</persName>を殴ってくれなければ、 私は君と抱擁できない。」</said>
624
+ <persName corresp="#メロス">メロス</persName>は腕に<ruby>
625
+ <rb>唸</rb>
626
+ <rt>うな</rt>
627
+ </ruby>りをつけて<persName corresp="#セリヌンティウス">セリヌンティウス</persName>の頬を殴った。 <said
628
+ who="#セリヌンティウス #メロス">「ありがとう、<persName corresp="#セリヌンティウス #メロス"
629
+ >友</persName>よ。」</said> 二人同時に言い、ひしと抱き合い、それから嬉し泣きにおいおい声を放って泣いた。 群衆の中からも、<ruby>
630
+ <rb>歔欷</rb>
631
+ <rt>きょき</rt>
632
+ </ruby>の声が聞えた。<persName corresp="#ディオニス">暴君ディオニス</persName>は、群衆の背後から二人の様を、
633
+ まじまじと見つめていたが、やがて静かに二人に近づき、顔をあからめて、こう言った。 <said who="#セリヌンティウス #メロス">「おまえらの望みは<ruby>
634
+ <rb>叶</rb>
635
+ <rt>かな</rt>
636
+ </ruby>ったぞ。 <persName corresp="#セリヌンティウス #メロス"
637
+ >おまえら</persName>は、<persName corresp="#ディオニス"
638
+ >わし</persName>の心に勝ったのだ。信実とは、決して空虚な妄想ではなかった。 どうか、<persName
639
+ corresp="#ディオニス">わし</persName>をも仲間に入れてくれまいか。どうか、<persName
640
+ corresp="#ディオニス">わし</persName>の願いを聞き入れて、<persName
641
+ corresp="#セリヌンティウス #メロス">おまえら</persName>の仲間の一人にしてほしい。」</said>
642
+ どっと群衆の間に、歓声が起った。 <said who="#群衆">「万歳、<persName corresp="#ディオニス"
643
+ >王様</persName>万歳。」</said>
644
+ <persName corresp="#ひとりの少女">ひとりの少女</persName>が、<ruby>
645
+ <rb>緋</rb>
646
+ <rt>ひ</rt>
647
+ </ruby>のマントを<persName corresp="#メロス">メロス</persName>に捧げた。<persName
648
+ corresp="#メロス">メロス</persName>は、まごついた。 <persName corresp="#セリヌンティウス"
649
+ >佳き友</persName>は、気をきかせて教えてやった。 <said who="#セリヌンティウス">「<persName
650
+ corresp="#メロス">メロス</persName>、<persName corresp="#メロス"
651
+ >君</persName>は、まっぱだかじゃないか。 早くそのマントを着るがいい。<persName
652
+ corresp="#ひとりの少女">この可愛い娘さん</persName>は、 <persName corresp="#メロス"
653
+ >メロス</persName>の裸体を、皆に見られるのが、たまらなく口惜しいのだ。」</said>
654
+ <persName corresp="#メロス">勇者</persName>は、ひどく赤面した。 </p>
655
+ </body>
656
+ <back>
657
+
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+ </person>
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+ <person xml:id="セリヌンティウス">
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+ <persName>セリヌンティウス</persName>
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+ </person>
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+ </listPerson>
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+ </TEI>